「通勤ラッシュでも終電でも時刻表通りに動く電車。119番すれば消防活動をしてくれる消防車。これらは当たり前のことですが、誰かが維持していなければ成り立たないものなんです」。そうジンテック社長・石塚さんは話す。
電気・ガス・水道、鉄道に消防や防災、最近では携帯電話の電波。これらは全部インフラと呼ばれ、私たちの生活を支えている。
私たちにとってインフラは存在するのが当たり前。でも「当たり前」がある日突然なくなったらどうなるのだろう? 時にそんなことを思う。
そういえば、旅行でインドやネパールに行った時がそんな状況だった。計画停電で1日のうち数時間は電気が使えず、水道水は不衛生なことも多い。電車は30分~1時間遅れることがデフォルトだった。
慣れればどうってことはないけれど、現代日本の生活に慣れた私たちにとってストレスの種になることは間違いない。特に、消防や救急、防災など、人命に関わることが当たり前に機能しなければ、大きな混乱が起こるはずだ。
思うに、私たちが享受している安心・安全な生活は、人知れず様々な人に支えられているのだ。この記事で紹介する会社「ジンテック」もそんな「当たり前」を支える会社だった。
社会インフラの連絡・報告を影から支える
横浜市営地下鉄の仲町台駅から徒歩5分。のんびりした雰囲気のベッドタウンにジンテックがある。
この会社の事業は、鉄道・消防・防災の無線インフラの保守点検だ。と言ってもこれだけではなかなか分かりづらいだろう。より詳しく説明すると、電車や消防車に設置された無線の修理や、駅構内の緊急停止ボタンの点検など、社会インフラに関わる無線の修理・点検がこの会社の業務だ。
たかが無線とあなどるなかれ。無線が故障している電車や車両は走行許可が出ないという。それは、電車や車両の業務連絡をはじめ緊急連絡にも使われるからだ。
鉄道の場合はダイヤの調整や、事故が起きた場合の緊急連絡。消防車や救急車の場合は現場の状況や、搬送者の容体の連絡に使われるものなので重要度は高い。
ジンテックでは、このほかに全国の防災無線の保守も担っている。この防災無線は地域の定時連絡などに使われているほか、Jアラートで発信される災害情報を放送するなど、緊急時には大変重要な役割を果たしている。
これらの無線設備の保守点検を、ジンテックではどのように行っているのだろうか? その詳細を同社代表の石塚さんと、現場で作業している栄さん、黒木さんに聞いてみた。
お話を聞いてみると、その仕事は意外にドラマティックだった。保守点検の際は、時に雪山に登ったり、無線調査で1日に500km近く自動車を走らせたりすることもあるらしい。
私たちの「当たり前」はどのように守られているのか? その一部を覗き見てみよう。
「当たり前」を支える自負と責任
電車や消防車など様々な車両に搭載された無線は、いつ、どのように点検されているのだろうか? 同社の技術部に所属し、普段から無線の点検にあたっている黒木さんに聞いてみた。
黒木さん:
「僕が担当しているのは主に列車無線で、駅や車両にある無線を点検しています。都内には駅がたくさんあるじゃないですか、それをひとつひとつ回って、故障がないか、周波数や送信出力などが基準に合っているか点検していくんです。点検は夜勤が6割で、終電から始発の間に行われることが多いですね。皆さんが寝静まった深夜1~4時にライトを灯しながら作業していますよ。」
鉄道設備の点検をはじめ、道路の清掃や点検などは人が少ない時間を利用して行われることが多く、黒木さんのように夜間に働く人は意外に多い。
電気・ガス・水道などのライフラインの監視員さんや、コンビニに並べられるお弁当を作る工場員さんなど、私たちが眠っている間もどこかで誰かが働いていて、そのおかげで私たちは安心安全な生活を送ることができる。黒木さんの場合は夜勤6割、日勤4割というシフトで働いているそうだ。夜勤も多く生活リズムが一定しないが、苦労は感じていないのだろうか?
黒木さん:
「やっぱり大変な時もあります。けれど、電車は止めるわけにはいきません。遅れが出たら何万という人に迷惑がかかりますし、非常停止ボタンが作動しなければ人命にも関わる。僕らは表に立つ仕事ではないけれど、インフラの保守を通して社会貢献していると自負しています。今年でこの仕事に携わって10年目ですが、常に責任とやりがいを感じていますし、仕事に飽きることはありません。」
こう話す黒木さんは消防無線の保守にも関わっているそうで、無線の調査で1日に500km自動車を走らせたこともあるという。
黒木さん:
「あれは消防無線の仕事でした。電波の繋がりやすい場所とそうでない場所を調査するために、測定器を持ちながら車で街を走り回ったんですよ。2人一組で運転とナビを交代しながら街の中をくまなく回るんです。約1ヶ月、東京~大阪間とほぼ同じ距離を運転していたので、さすがに疲れました……(笑)」
同じような大変な現場はジンテック代表の石塚さんも経験したそうだ。現在は会社の代表をしている石塚さんだが、以前は無線技術者 として毎日現場に出ていたという。その現場は雪山だった。
石塚社長:
「無線は繋がらないと困るもの。だか、機器が故障するとどんな状況でも修理に向かわないといけません。かなり前のことですが、僕が向かったのは防災無線の中継局で500mくらい雪山を登って修理に向かったんですよ。当時の測定機材は重いものがいくつもあったので、登るだけでヘトヘトでした。気温も低いから作業しているとだんだん指先の感覚がなくなってくるんです。いまは労働基準も厳しくなりましたからそんな無茶はしなくなりましたけど。」
ジンテックの現場はこのような過酷なものばかりではない。大抵は駅舎や整備工場でコツコツと仕事をこなしていくことが多いという。人知れず働く黒木さんや石塚さんのような人々によって私たちの「当たり前」は支えられているのだ。
無線の保守・点検以外にも、この手でインフラを支えてます
ジンテックでは無線の保守・点検以外にも、LAN工事やセキュリティカメラの設置などを行う「工事部」を設けている。この工事部に所属する、電気工事士であり無線技士でもある栄さん。映像や電波、遠隔操作に関する工事なら何でも請け負い、防災・鉄道・消防系の仕事を円滑に進める環境づくりをサポートしているそうだ。
栄さん:
「工事部の仕事は、無線設備の施工面を担当するほか、ネットワークカメラなどのセキュリティ関連や、エネルギー関連、様々な車載設備の設置など、無線のみならず安心安全に寄与する工事を手がけています。私たちの部署って何もない現場に何かを作る仕事なんです。現場に行って工事を終えたらそこに何かができている。そういう達成感は感じやすいと思います。」
お話を聞いてみると無線の業界は狭く、現場で一緒になることも多いので他社の社員さんと顔見知りになることも多いという。技術部の黒木さんも工事部の栄さんも別の会社に勤めていた時にジンテックを知り、無線の仕事に対する姿勢や社内のノウハウに惹かれて転職してきたそうだ。
ジンテックは社員数18名の小さな会社だが、転職者は全国各地から集まっていて、定着率は8割以上と長年務める方も多い。きっと、仕事に対する真面目な姿勢と社会インフラに貢献しているやりがいが、「ずっとここで働きたい」と思わせているのではないだろうか。
ジンテックでは現在、中途人材の採用を行っている。その理由を代表の石塚さんに伺ってみた。
石塚社長:
「私たちは社会インフラの保守を行っているので、比較的安定した業界です。しかし、今後は無線システムのデジタル化など環境の変化が予想され、事業環境も大きく変化していくでしょう。そこで、環境の変化に対応するために若い人材が必要だと考えました。
私たちの仕事は、駅員さんのように表に立つ仕事ではありません。舞台裏でコツコツと働き、インフラを正常に稼動させることがやりがいであり、喜びです。通勤ラッシュでも終電でも時刻表通りに電車が動く。119番すれば消防車が来て消防活動をしてくれる。そんな「当たり前」が機能しているから人々は安心して暮らせている。その生活を無線で支えているのは僕らなんです。
今回は他業界からの採用や未経験者の採用も考えています。『世の中の当たり前を支えるのはかっこいい』、そう思えるなら私たちもサポートしますし、技術は後からついてくる。当たり前を支えたい、仕事にやりがいを感じたい、そんな人と一緒に働けたらと考えています。」
無線設備の保守・点検は一見地味な仕事だ。しかし、石塚さんや黒木さん、栄さんの働きが社会に与える影響は大きい。ITや芸能、マスコミなど目立ちやすい仕事は目立ちやすく、社会的な影響が大きいと思ってしまいがちだが、それらの仕事も「当たり前」に支えられて成り立っている。
普段意識することは少ないが、社会にとって本当に欠かせないのは、人知れずコツコツとインフラを支えている人たちなのではないだろうか。取材を終えてそんなことを思った。
取材・文・写真 :鈴木雅矩(すずきがく)
ライター・暮らしの編集者。1986年静岡県浜松市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、自転車日本一周やユーラシア大陸横断旅行に出かける。帰国後はライター・編集者として活動中。日本の暮らし方を再編集するウェブメディア「未来住まい方会議by YADOKARI」の元・副編集長。著書に「京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜(三栄書房)」。おいしい料理とビールをこよなく愛しています。